2024年1月31日 / 最終更新日時 : 2024年2月7日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 小野窯 文政2年~明治5年(1819~1872) 窯の盛衰 小野窯は、文政2年(1819)、本多貞吉が没した後、若杉窯を辞した薮六右衛門が能美郡小野村(現、小松市小野町)に開いた窯です。六右衛門は若杉窯で貞吉から陶法を学び、若杉 […]
2024年1月31日 / 最終更新日時 : 2024年2月1日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 若杉窯 文化8年~明治8年(1811~1875) 歴史的意味 本多貞吉は、青木木米の助工として春日山窯に来ましたが、木米が京都に戻った後も春日山窯に残りました。木米の加賀国(現、石川県)での国焼造りへの想いを受け継いで磁器生産の […]
2024年1月29日 / 最終更新日時 : 2025年5月13日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 再興九谷の陶祖 本多貞吉 生 明和3年(1766)~没 文政2年(1819) 陶祖と呼ばれるに相応しい多大な功績 本多貞吉は、明和3年(1766)磁器先進地の肥前島原で生まれ、若くして諸国の窯を巡ってから、京の青木木米(明和4年〈1767〉‐天保 […]
2024年1月29日 / 最終更新日時 : 2024年1月29日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 春日山窯 文化4年~文政元年頃(1807~1820頃) 歴史的意味 春日山窯は、九谷古窯が閉ざされてから100年以上経ったとき、京焼の青木木米と助工の本多貞吉によって開かれました。藩財政の立て直しを緊急に図ることを目指したので、 […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2024年1月18日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 呼称「九谷焼」と銘「九谷」はいつ頃から始まったか 日本のほとんどの焼き物は大量に生産され広く販売されると、瀨戸焼、唐津焼、備前焼、伊万里焼、京焼などのように、その産地(地域)名で総称された一方で、一部に「仁淸」「乾山」「六兵衞」「道八」などのように、名工の号で呼ばれまし […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2024年1月16日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 古九谷の呼称 「古九谷」か「古九谷様式」か 2022年11月に行われた東京国立博物館の今井敦氏による講演を聴いたとき、「古九谷」と呼ばれる磁器の産地が加賀国(現、石川県)であり、「古九谷様式」とキャプションの付いた磁器の産地が必ずしも有田産の色絵磁器だけでないこと […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2025年9月23日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 吸坂窯 貞享2年(1685)~天保15年頃(1844頃)断続的に続く 吸坂窯は江沼郡吸坂村(現在の加賀市吸坂町 大聖寺の東北約2キロメートルの丘陵地)にあったといわれています。窯跡は2基見つかったものの、耕地整理の行われたため破 […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2024年1月27日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 九谷古窯(古九谷を焼いた窯) 明暦元年~宝永7年頃(1655~1710頃) 歴史的意義 石川県加賀市山中温泉九谷町で発掘された窯跡は、江戸前期に磁器を焼いた窯であると認定されて国の指定史跡となり、九谷古窯と呼ばれます。指定史跡となった理 […]