「八郎手」の特異な加飾方法

宮本屋窯は初期の青手風製品を除いて、特異な加飾が施された九谷焼を焼きました。それまでの九谷焼が花鳥図、山水図などを主題にして総絵的に九谷五彩で加飾されたのとは対照的に、飯田屋八郎右衛門(以下、八郎という)が創り出した「八郎手」では『方氏墨譜』(以下『墨譜』という)から祖型を得た多くの図案とともに、吉祥性のある幾何学的文様で構成された地文様と窓枠などを赤色釉薬で線描する絵付をおこなって、図案と文様とを調和させた、一つのまとまった画(え 陶画)に変えました。

図案から画(え)への変容

八郎は『方氏墨譜』に載った墨摺りの版画を祖型にして、赤色釉薬のほぼ単一彩で加飾する方法を考え出しました。八郎は版画自体が完成度の高い墨の造型図案で、それを赤色釉薬で線描するだけでは美しいだけであって、観る者に風雅とか品格とかが十分に伝わらないと考えました。それは『墨譜』は、古代中国の故事、神話、美術品など題材にした、美術工芸品としての墨の意匠が詳細に記載されて、その内容が中国文人の古代中国の文人の価値観、思想、や思想などであったので、八郎は当時の知識人ために文人趣味豊かな画(え)に変えました。上右の版画のとおり『墨譜』に載った完成度の高い版画「玄塵」では顎鬚(あごひげ)を長くに伸ばした、神々しい、威厳ある大鹿を、上左のように、隆々とした山々を背景にして気品さと、立派な佇まいで立つ大鹿に変えています。

同様に『墨譜』では「麒麟」が神話に出てくる神獣として描かれたのとは対照的に、上左の画像のように「八郎手」では神獣に伴う瑞雲に代わって、その周囲に赤、黄、緑、紺青の不揃いの斑点を入り混ぜて『墨譜』の重々しい印象から軽やかな印象に変えさせています。八郎は観る者がこの「麒麟」図を見て明るい兆し(吉兆)を感じるように変えました。

窓枠による加飾

「八郎手」では変容された図案に加え、その図案を際立たせるために、他の九谷焼に見られない窓枠を多用しました。窓枠には広い器面の一部を切り取り、鑑賞者の視線を主題の図案に向かわせる効果があるといわれるとおり「八郎手」においても窓枠を多くの作品に取り入れました。上左の画像のように、幾何学的文様で帯状に組まれた窓枠は、図案よりもやや細い線描にして図案を引き立たせ、さらに窓枠の外側を埋め尽くす幾何学的文様からも切り離す効果があり、全体的に見込みの図案を引き立たせています。観る者からは濃淡がつけられたかのように窓枠とその中の図案が浮き上がるように見えました。

「八郎手」に見られる窓枠の形は、八郎が記した『八郎墨譜』に113種の窓枠が載っているとおり、組み合わせてできており、多くは『方氏墨譜』の造形図案からイメージしたと考えられ、円形、方形が多くを占めます。それは、安定感を優先したと見られ、円形の窓枠に収まった図案は一体的に見え、それとは対照的に、円形の鉢にはめ込まれた方形の窓枠にはさらに安定感が増して見えます。以下のとおり、八稜形、六稜形、如意頭形、あるいは吉田屋窯と同じ形の窓枠があります。

円形・方形の原型

器形に合わせた窓枠

六芒星の形・三角形

例は少ないものの、上の画像のように、六芒星の形や三角形などの窓枠では、その中心に主題の図案が配され、観る側に安定感を与え、主題の図案を際立たせる効果があります。

図案と調和する幾何学的文様による加飾

「八郎手」の図案がどのように配されているかを見ると、際立てるために窓枠に入れられた図案を見込みまたは目立つ側面に配し、さらに図案の背景には点描や瑞雲で、さらに窓枠の外周を幾何学文様で加飾されていることがわかります。主題の図案は『墨譜』の造型図案から祖型を得た古代中国の故事な由来する図案のほか、江戸末期に拡がった、天空や星座を自分たちの生活に結び付けた考え方や行動(暦や星占い、縁起を担ぐ行為)から生み出された図案、運気向上や不老長寿を意味する図案、俗世を離れた隠遁生活の人物、七賢人、七福神、十二支などの中国趣味な図案でした。図案の多くは線描され、図案だけではその筆致から受ける印象が固くなることを避けるためにも、地文様には幾何学的文様でもって緻密に加飾されました。

その幾何学的文様は、古くから、点・直線(縞、格子)・曲線(波形、らせん、渦巻き)・面(円形、三角形、四角形、菱型)などの幾何学的な図形を組み合わせ、それぞれの文様には意味がありました。八郎が記した『八郎墨譜』を見ると、以下の表のように、多種多様な文様があるとおり、原型から変容された、あるいは複合したものが多く、中には幾何学的な図形を反転させ、あるいは一回転させるなどの操作によって合成された文様も数多く見られます。

種 類 吉 祥 的 な 意 味 形態の数
唐草 生命力溢れる吉祥文様として繁栄、長寿、子孫繁栄、永遠の意味がある 日本の伝統的文様の一つ 123
輪 / 円 無限を意味し、縁起が良いとされた。特に魚子文は多産・豊かさを表すもので、大変に縁起の良い伝統文様の一つ 113
長く続く縞模様は生命力を、まだら幕(紅白幕)のような魔除けを意味し、安定、調和の意味も持たせた。 83
無限に広がる波の文様は未来永劫に続く平和で穏やかな暮らし、子孫繁栄という意味があった。青海波が代表的 70
文字 福・禄・寿などの漢字そのものの意味 子孫繫栄、財産、長寿 一字あるいは組み合わせて文様にした 54
格子 魔除け、幸福、繁栄の意味が込められ、子孫繁栄 縁起の良い模様を意味した 52
瓔珞 珠玉や貴金属を編んだ装身具に似せた複合された文様であり高貴で縁起の良い吉祥柄、子孫繁栄を意味した 50
櫛目 魔除け、開運招福、商売繁盛の意味 幾何学的な文様が持つ力強い印象から生命力の意味を持たせた 38
無数な点は無限を感じさせ、縁起が良く、連続、豊かさの意味を持たせた 37
亀甲 甲羅が硬くそれをもって身を守る亀の姿に重ねて健康や繁栄などを願う意味があった 28
紗綾型 卍の字を斜めに連続させていることから、不断長久を表し、家の繁栄や長寿を願う意味があった 28
魚や蛇の鱗に似た連続する文様で、生命力、再生、魔除けの意味を持たせた 28
四角 四角形が連続して繋がる「継ぎ目」は長く続くことや子孫繁栄を意味した 24
田畑を潤す雷雨を表す文様でしたので、豊作、吉祥の象徴とされた 17
雲気 空に漂う雲や霧を象徴した中国伝来の文様で、運気上昇、めでたいことの前兆、豊作などの意味を持たせた 17
七宝 円を四分の一ずつ重ねて連続させ、円満、調和、繁栄などの意味を持たせた 着物ではお祝いの柄であった 16
水草のヒシに由来し、子孫繁栄や無病息災を願う意味を込め、装束や家紋にも用いられた 花菱、四つ菱 16
如意頭 法具頭部の如意に由来し「意の如く」と言い換えられ「意のままになる」ことを意味して吉祥文様に使われた 15
網代 途切れることなく続くことから繁栄の意味を持たせ、子孫繁栄など縁起の良い模様 15
氷裂 澄んで傷のない透明な氷そのものを表した文様で、清らかさ、才能の開花といった縁起の良い意味を持たせた
網目 福を網ですくいとる、邪気を通らせないといった縁起のよい文様であり、転じて大漁、繁栄の意味を持たせた
その他 39

以上のように、幾何学的文様は、特定の意味や願い(例:長寿、子孫繁栄など)が込められ、伝統的な植物紋(麻の葉、唐草など)のように、長い歴史の中で意味や様式が定まったもの、亀甲のように定式化された型などがあり“意味のある図案”へと進化していました。さらに、反復構造を持つ幾何学的なパターンに進化し、同じシンプルな型を繰り返すだけでなく、他の幾何学的文様と自由自在に組み合わせているのを見ると、無限の展開ができたように見えます。

「八郎手」では、この幾何学的文様によって図案の周りに描き埋められ、主題の図案を際立たせる加飾方法が採られました。そして、図案の意味合いに合わせて、吉祥性のある幾何学的文様で地文様を埋めた作品が多く、縁起の良い器にかえられました。「吉田屋」によく見られる地文様として施された点描は図案に深みを与え、あるいは縁文様として用いられた文様が窓枠のように見えるのに対し「八郎手」では、窓枠に入った主題の図案が中央に配され、その周囲の余白をより精緻な線で細かな多種多様な幾何学的文様によって描き埋められたので、図案の色合いに対し濃淡も生み出す効果が出て、図案に調和させているように見えます。宮本屋窯の陶画工の多くは多種多様な幾何学的文様から図案の主題に相応しいものを選び、取り換えて、様々な表情が器面に表現させることができたと考えます。

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