2024年2月10日 / 最終更新日時 : 2024年2月13日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 蓮代寺窯 弘化4年~慶応元年頃 (1847~1865頃) 窯の歴史的意味 松屋菊三郎は吉田屋窯が閉じてから途絶えていた青手古九谷の再現に、粟生屋源右衛門の助けを得て取り組みました。源右衛門が能美郡蓮代寺村(現小松市蓮代寺町)で磁器 […]
2024年2月7日 / 最終更新日時 : 2024年2月8日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 九谷庄三工房 天保12年(1841)- 明治16年(1883)頃 庄三工房の歴史的意味 九谷庄三(生 文化13年 没 明治16年 1816-1883)は、天保12年(1841)、能美郡寺井村に絵付工房を開きました。庄三は、諸窯での経験 […]
2024年2月3日 / 最終更新日時 : 2024年2月8日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 佐野窯 天保6年~明治30年頃(1835~1897年頃) 窯の歴史的意味 佐野窯は、天保6年、斎田伊三郎(「道開」は晩年の雅号)によって佐野村(現、能美市佐野町)に開かれた絵付窯から始まり、その後、同村内に陶石が見つかったことか […]
2024年2月2日 / 最終更新日時 : 2026年1月2日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 宮本屋窯 *石川県九谷焼美術館にて「九谷赤絵の極致」展-宮本屋窯と飯田屋八郎右衛門の世界-開催中 天保3年~安政6年(1832~1859) 窯の歴史的意味 江戸末期、九谷焼には、五彩の色絵磁器とは趣を異にした、赤絵(若干の色釉や金 […]
2024年2月2日 / 最終更新日時 : 2025年1月8日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 吉田屋窯 文政7年~天保2年(1824~1831) 窯の歴史的意味 吉田屋窯は、加賀国に次々に興った再興九谷の諸窯の中で最も短命で7年あまりで閉じられましたが、青手古九谷を再興した窯として高い評価を受け、当時から高い名声を受けまし […]
2024年2月1日 / 最終更新日時 : 2024年2月1日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 民山窯 文政5年~弘化元年頃(1822~1844頃) 窯の盛衰 民山窯は、文政5年(1822)、加賀藩士 武田秀平が金沢に開いた窯です。青木木米が京都に戻ってからも、春日山窯が呉須赤絵写しや日用雑器を焼き続けいたものの、秀平は春 […]
2024年1月31日 / 最終更新日時 : 2024年2月7日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 小野窯 文政2年~明治5年(1819~1872) 窯の盛衰 小野窯は、文政2年(1819)、本多貞吉が没した後、若杉窯を辞した薮六右衛門が能美郡小野村(現、小松市小野町)に開いた窯です。六右衛門は若杉窯で貞吉から陶法を学び、若杉 […]
2024年1月31日 / 最終更新日時 : 2024年2月1日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 若杉窯 文化8年~明治8年(1811~1875) 歴史的意味 本多貞吉は、青木木米の助工として春日山窯に来ましたが、木米が京都に戻った後も春日山窯に残りました。木米の加賀国(現、石川県)での国焼造りへの想いを受け継いで磁器生産の […]
2024年1月29日 / 最終更新日時 : 2024年1月29日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 春日山窯 文化4年~文政元年頃(1807~1820頃) 歴史的意味 春日山窯は、九谷古窯が閉ざされてから100年以上経ったとき、京焼の青木木米と助工の本多貞吉によって開かれました。藩財政の立て直しを緊急に図ることを目指したので、 […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2025年9月23日 keen-takeo-4383 九谷焼を解説する 吸坂窯 貞享2年(1685)~天保15年頃(1844頃)断続的に続く 吸坂窯は江沼郡吸坂村(現在の加賀市吸坂町 大聖寺の東北約2キロメートルの丘陵地)にあったといわれています。窯跡は2基見つかったものの、耕地整理の行われたため破 […]