2024年3月13日 / 最終更新日時 : 2025年9月24日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 「佐野赤絵」を知る 「赤色」は古くから神社仏閣のための塗料として使われてきましたが、江戸末期からは弁柄を主原料とする「赤色」を用いた陶磁器が京焼に現れるとともに、再興九谷にも伝播していき、やがて「民山焼」「佐野赤絵」「八郎手」などの”赤九谷 […]
2024年3月13日 / 最終更新日時 : 2025年10月13日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 九谷赤絵を生んだ「吹屋弁柄」 江戸時代の中頃まで、我が国では赤色顔料が稀少でその用途も限られ、次第に安くて大量の赤色顔料が求められていた中、輸入品の“べんがら”を真似て銑屑(堺の鉄鋼品製造から出た鉄のけずり屑など)を利用した鉄丹弁柄の製造が行われまし […]
2024年3月13日 / 最終更新日時 : 2025年12月31日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 「赤色」を多用した日本の陶磁器 我が国の古くからの陶磁器の中には「赤色」の際立つ色絵陶磁器があります。柿右衛門が中国磁器の五彩(白磁に赤・青・黄・緑・紫で絵付した色絵)に憧れ、やがてそれが“柿のような美しい赤色”を開発することとなり、仁清が色絵陶器に、 […]
2024年3月13日 / 最終更新日時 : 2025年12月31日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 日本人にとっての「赤色」とは 江戸末期に「赤色」の際立つ九谷焼(色絵や青手に対し「赤九谷」と呼ばれた)が次々に焼かれると、瞬く間に加賀中に広まりました。その様式美が高く評価され、明治中頃になると、「赤九谷」は“九谷赤絵”と呼称される一つの様式に分類さ […]
2024年2月8日 / 最終更新日時 : 2024年2月8日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 産業九谷の基盤を築いた九谷庄三 再興九谷には、佐野赤絵の斉田伊三郎は、佐野村の陶石を利用した素地窯を築くように村人に勧め、絵付工房ではその素地に絵付しましたが、少し遅れて絵付工房を開いた九谷庄三は工房の近くのいくつかの素地窯から良質な素地を買い求めて絵 […]
2024年2月1日 / 最終更新日時 : 2024年2月8日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 青手古九谷を再現した粟生屋源右衛門と松屋菊三郎 本多貞吉が開いた若杉窯では、創業間もないころから芙蓉手の染付、祥瑞風、赤絵細描などの鉢や瓶のほか、青手古九谷風の作品など、いろいろな作風の製品が造られ、加賀国中に広まりました。その当時の若者の間では陶工になる夢や意欲をも […]
2024年1月29日 / 最終更新日時 : 2025年5月13日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 再興九谷の陶祖 本多貞吉 生 明和3年(1766)~没 文政2年(1819) 陶祖と呼ばれるに相応しい多大な功績 本多貞吉は、明和3年(1766)磁器先進地の肥前島原で生まれ、若くして諸国の窯を巡ってから、京の青木木米(明和4年〈1767〉‐天保 […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2024年1月18日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 呼称「九谷焼」と銘「九谷」はいつ頃から始まったか 日本のほとんどの焼き物は大量に生産され広く販売されると、瀨戸焼、唐津焼、備前焼、伊万里焼、京焼などのように、その産地(地域)名で総称された一方で、一部に「仁淸」「乾山」「六兵衞」「道八」などのように、名工の号で呼ばれまし […]
2024年1月12日 / 最終更新日時 : 2024年1月16日 keen-takeo-4383 九谷焼を知る 古九谷の呼称 「古九谷」か「古九谷様式」か 2022年11月に行われた東京国立博物館の今井敦氏による講演を聴いたとき、「古九谷」と呼ばれる磁器の産地が加賀国(現、石川県)であり、「古九谷様式」とキャプションの付いた磁器の産地が必ずしも有田産の色絵磁器だけでないこと […]